過去の辛い記憶「時間薬」という言葉があります。小さな切り傷などは血が止まるとかさぶたができて、やがて跡形もなく消えてしまいます。

失恋した人を慰める時も、時間薬という言葉が使われることがあります。しかし、心の傷や辛い経験も時間薬で癒されるものもありますが、繰り返し心に浮かびその度に強い情動をともなって人を苦しめるものもあります。

あんなことがなければどんなに良かっただろうと思う辛い記憶には、必ず自分と「特定の誰か」という2人の登場人物がいます。

多くの場合その記憶は、その誰かさえいなければ、あいつがあんなことをしなければ(言わなければ)あんなことは起きなかったのに、という憎しみや恨みの感情をともなっています。

とりあえず辛い経験の原因や責任は相手にあるという形で記憶に残るのは、人の自己防衛本能から当然のことと言えます。

しかし、ある程度人生経験を積んで、辛い経験の数も重なってくると、そうとばかりは言えないことに気が付いてきます。

例えば子供の頃にだれかに殴られたことが忘れられないのは、殴られたという事実よりはその時殴り返せずに泣いて帰ってきたという自分を許せない、認めたくないという気持ちからかもしれません。

誰にも自分はこういう人間だというセルフイメージがあり、他人にもそう見てもらうことを期待しますが、人はその通りには見てくれません。

自分が不当な扱いを受けたという記憶には、このセルフイメージと他人の評価のギャップが関係していることが少なくありません。

その記憶があまりに自分にとって辛いものだと、記憶の底に押し隠して意識に上らなくなることもあります。しかし、それはもちろん忘れたわけではなく、心に痛みを与え続けています。

若い人ならこのようなつらい記憶も何年か経つうちに忘れると思い、そう期待するでしょうが、こういう記憶は何十年たっても消えることはありません。

むしろ「時間薬」を当ていして忘れようとすることは、かえって辛さを増すことにつながります。

このような場合に最も必要なことは「セルフイメージの修正によって、その記憶の辛さを薄める」ことです。

プライドの高い人ほどセルフイメージの修正には痛みをともないますが、正しい自己認識を持つことこそ知性の証であり人間の尊厳だと思って、勇気をもって自分を見つめ直すことが大切です。

くり返し心に浮かぶ辛い経験の数々には人によってある共通性があり、それがその人のパーソナリティに関係しています。

その共通性を見つけ出すことがつらい記憶を薄める手掛かりになることがあります。

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